創業安永六年


創業安永六年(1777年)
今年は、創業から 231 年目にあたります。

安永六年は、
徳川幕府十代将軍徳川家治の治世であり、
この時代は老中 田沼意次 が有名です。

千早は、凍り豆腐の産地として有名でした。

昔は寒さの厳しい場所では凍り豆腐製造が盛んで、
ここ千早でも、数十件の凍り豆腐製造業者がおり、
大阪でも「ちはや豆腐」という呼び名が使われました。
「金剛山 山の豆腐」の前身 松政豆腐製造 も、
そんな業者の一つでした。

うまい凍り豆腐を作るためには、
うまい豆腐を先に作らなければなりません。

地元の大豆を使い、金剛山の自然が生み出した豆腐。
その豆腐を食べると、
それはそれはうまかったのだそうです。

しかし、豆腐は日持ちのしないもの。
「豆腐に旅をさせるな」という格言もあるくらいです。
今のような発達した流通機構もありません。
凍り豆腐にして保存ができるようにして、販売していました。

冬の自然で凍らせて、うまさそのまま乾物とした凍り豆腐は、
「ちはや豆腐」として主に大阪で販売され、
大変な人気があったのだそうです。

時代が下り、冷凍施設と乾燥施設を使用した
大規模な凍り豆腐製造が行われるようになると、
採算があわなくなった千早の凍り豆腐製造は廃れていきました。

現在、千早で豆腐を製造しているのは、
当店だけになってしまっています。

しかし、山の豆腐は、
今日も元気に頑張ってます!!
ずっと豆腐を作ります!!

山の豆腐は、
最高の国産大豆のみを原料として、
金剛山の伏流水を使い、
今でも手作り。

昔ながらの製法で、伝統の味をつくり続けています。
今でも、昔に負けない、昔ながらの、
うまい豆腐を目指しています。

皆様のお越しを、お待ちしています。

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